人生/オピニオン

2019年1月1日 「変わる日付と、変わらない自分」vol,1 ~ただの1日を、特別な日にしてみる?~

2018年も終わり、気がつけば2019年ですね。

みなさん、明けましておめでとうございます!

貴重な年越しは、初詣の為に向かう神社で歩いていたら訪れました。カウントダウンとかしてみたかった。笑

「去年の振り返り」や「今年の目標」とかとか、書いていきたいのですがその前に、「新年に想うこと」を今回は書かせていただきたいと思います。毎年想うことがありまして、今年こそはその想いをまずはまとめた上で、振り返り等をしていきます。

2019年1月1日 「変わる日付と、変わらない自分」は、全3部作です。
(完全に私情ばかりなので、ご了承ください。笑)

 

1月1日は、何が特別なの?

2017-1-1 photoそういえば、今日って1月1日元旦でしたね。

僕は相変わらず午後まで眠り続け、のんびりと一日を過ごしてしまったため、すっかり元旦意識が飛んで行ってしまっていました。厳密に言うと、もはや普段も曜日感覚がないので、僕にとってスケジュール帳が必須アイテムになりかけています。

でもせっかくなんで、「なぜ1月1日は、世間でいう”特別な日”なんだっけ」という当たり前のことを考えてみました。

 

1月1日が特別な理由①:年神様がいるから

正月には、一年の豊作や家への幸いをもたらす神様である「年神(としがみ)さま」がいるそうです。今の所僕は年神様を見たことはありませんが、正月の飾りなどはこれに関わるものなんですね。

私たちの家でも、お正月になるとさまざまな方法で年神さまをもてなします。これは、一種の「祭り」と考えていいでしょう。祭りといっても、神社や地域で行う大きな祭ではなくて、家の中の祭りです。年中行事は「家の祭り」なのですね。その家の祭りのなかでも、最も大きいのが正月なのです。

「お正月と年神様 | 紀文の正月」より引用

正月は実家でゆっくりと過ごしお祝いをするという方が多いと思います。

僕も毎年そうでした。

他の行事や祭りと比べると、正月の方が特別な感覚がどこかにあったのですが、引用にあるように「正月」を「家の祭り」と捉えるのは面白い考え方だなと思いました。そういう意味では、やっぱり家族との時間を、1月1日は大事にしたいな、なんてふと思ったりもしました。

 

1月1日が特別な理由②:一年の始めとして重要な折り目だから

予想通りの理由ですが、「新しい年(西暦)としての始めの1日」と言われたらなんだかやっぱり特別感ありますよね。笑

暦法が採用される以前は春の始めをもって一年のはじめとしていたようですが、それ以降は今と同様1月1日が一年の始めとなったんです。きっと暦法の採用されたばかりの当初は、1月1日が折り目の日だなんて不思議な感覚だったのではないでしょうか。

古文習っていた時、今と四季の捉え方などが違っていたことに違和感を覚えていた自分を思い出しました。

今でいう感覚レベルの”当たり前”が、いつから当たり前になったのか、その”当たり前”で済んでしまう事の本質は何なのか、そんなことに興味が湧いてしまう性格はめんどくさいですが、個人的には日常に飽きないので好きだったりもします。

 

祝日という定義が、1月1日を特別にする

何だか概念的な話ばかりで嫌われそうですが、僕としては「正月」という定義やそれに伴う休みの体系などが、1月1日に対する特別意識を保っているようにも思えるんです。

1月1日は国民の祝日「元日」と公的に認められています。行政機関の休日に関する法律(昭和63年法律第91号)の規定により、12月29日から1月3日までを休日としており、一般企業でもこれに準じることが多いようです。

「正月」が毎年恒例の祝日であるため、まるで”祝日ということが理由になっているような気がして”「あれ、なんで1月1日っ特別なんだっけ?」とはならないんですよね。

 

僕らは「節目」という時間の定義を頼りに生きている

人間は(僕は特に)、すべてを覚えていることはできないし、世の中の全部の真理を知るには時間が限られてしまっています。

だからこそ、正月のような「節目」という時間の定義は、大きく僕らの記憶や感覚に貢献してくれている。いや、「貢献」と言うと少し語弊を含みますが、僕らはそれを無意識のうちに頼りにしていることは確かです。

だって、もしその昔の誰かが1月1日を正月と名付けず、休みにしなかったら、もしかしたら中国の旧正月のように、また違う日を1年の節目として祝っていたのかもしれないからです。

ある意味で大変意義のある「節目」でもあり、逆説的にはもしかしたら空っぽな「節目」をどう生きるか、どう感じるか、ってすごく大事なことなんじゃないかなって個人的に思った次第であります。

 

”ただの1日”を特別な日にしよう

長々と1月1日のことを語ってきました。
(特別な日に、久しぶりに会った友達がこんなこと語り始めたら絶対に引かれるし、嫌われますね。笑)

結局のところ、僕はなんとも言えないこの特別な感情を抱かせてくれる「1月1日」の「正月」が大好きで、でも大好きだけどそこで終わりたくなくて、毎日が正月くらい特別になったらいいなって思っているのです。

 

「一年で一番好きなのは何日?」なんて聞かれたら、「えーっと…正月?誕生日?クリスマス?」なんて悩んでしまう僕ですが、自分の意識付けや勝手な定義次第で今日だって明日だって特別な1日にできるんです。

尊敬する俵万智さんの本にある、”「この味がいいね」と君が言ったから七月六日はサラダ記念日”というフレーズみたいに、1月1日も1月2日も、7月1日も…ただの1日を特別な日にできる自分でありたいなって思います。

 

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

みなさんとこの文章で出会えた日が、特別な日になるように僕はブログを続けます。